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2017年7月15日 (土)

臆病であること

っということで、江戸時代は封建制度だったとするのは多少の意見の差はあるものの、君主と家臣のあいだに忠誠があって、封土の運営を家臣に任せるというシステムでしたから正しいといえるでしょう。
地方分権に近かったので、それを許さない独裁国家とは異なりますね。
しかし、君主と独裁者の違いはあっても、その臆病さにおいては共通するものがあります。
そう、臆病さ。
権力者には常に臆病さが同居しているのです。
徳川家は支配者としての正当性を血縁に拠ったのはご存知のとおり。
このシステムの欠点は、指導力に優れた者が、その血筋から必ず出るとは限らない点ですね。
この欠点を補うには、指導者の神格化は避けられないのです。
ところが、民衆がいつかそのマジックに気付いて権力の座から引き下ろされるのか、それが怖いのでしょう。

江戸時代、士農工商という身分の階級分けは存在しなかったことしたがって教科書からもこの語句は削除は以前触れましたが、制度上は武士が支配者の身分であったことは間違いありません。
江戸というのは不思議な国で、米本位制を採用していたのですね。もちろん金本位制からの造語です。
何万石の城下町ってな表現をするほど、地方経済価値を石高で表していたんですから。
よく考えてみると考えてみなくとも、基本的に農業(米が経済のベースですから、農業の生産性が大きく政治の命運を左右します。
したがって、農民はその土地を離れて自由に移動してもらっては困るのです。
土地に縛り付ける必要があるのです。
日本人は律儀な民族ですから、農民側も幕府の意向を従順に受け入れ、農民たちを出来るだけ移動させない組織作りをします。
要するに、村社会を形成します。
村社会を強烈な掟で締め付け、掟を破れば村八分にされ、生きていくことさえ出来なくします。
ぼくは、これは日本の厳しい自然環境が、否応なしに村単位の結束強化を促したと解釈していたのですが、その考えは片手落ちだと気付いたわけです。
日本人の気質の根っこの部分には、こうした米作りをベースにした村社会があることを常に認識する必要があります。
そんなに昔の話ではありませんよ、ぼくが生まれる100年前はそういう社会だったのですから。m
いま問題になっている陰湿ないじめと無関係であるとは思えないんです。

さて、そういうがんじがらめの社会を維持するためには、移動は不便であったほうがいいのです。
江戸時代には狭い川幅でもワザと橋を架けなかったり、数多くの関所を設けたり、500石以上大きな船を建造させなかったり。
ちょっと見ただけで、その異常な臆病さが見て取れますね。
これとは逆に移動が不可欠なのが商業です。
商業には必ずひとものかねの移動を伴います。
実は米本位制をベースとする江戸という封建社会の最大の敵は商業だったのです。
士農工商という身分制度は存在しなかったけれど、商を一番下にしたいという幕府の本心をこの言葉は巧く表現しているのです。
いま読んでいる博識の司馬遼太郎でさえ、身分制度だと誤解したくらいですから。


えっと、何を言いたいんだっけ?
劉暁波氏を異常に恐れた、どこかの国の独裁政権からの連想でした。(

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